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あさの紅茶
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あさの紅茶の小説

泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜

泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜

石原紗良(25) 甥っ子(4)を育てる一児の母。 滝本杏介(27) プール教室の売れっ子コーチ。 紗良の働くラーメン店の常連客である杏介は、紗良の甥っ子が習うプール教室の先生をしている。 「あっ!常連さん?」 「店員さん?」 ある時その事実にお互いが気づいて――。 いろいろな感情に悩みながらも幸せを目指すラブストーリーです。
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Chapter: 無意識の優しさ-02
その後、依美から贈り物ランキングサイトなるものを教えてもらった紗良は、家に帰り海斗の寝かしつけをしてから、スマホでいろいろと検索をした。「うーん、難しい」カタログギフトは冠婚葬祭みたいだし、スイーツは同じものを返すみたいで嫌だ。 タオルや洗剤は引っ越しのイメージがある。 コーヒーセットは無難だけれど、コーヒー好きかはわからない。「どーしよー」ゴロンゴロンと転がりながら、関連ページへのリンクへとどんどんタップしていく。 するとあるページで手が止まった。「これ、いいかもしれない」ブラウンレザーにゴールドブラウンのステッチが入ったシックでおしゃれなブックカバー。杏介はラーメンを注文した後、たびたび文庫本を読んでいる。 読書好きなのかもしれないし、いつもカバーは書店で購入時につけてもらえるものをしていることを思い出した。「これにしようかな?」ブラウンレザーのブックカバーを付け読書をする杏介を想像すると、大人な雰囲気が倍増してすごく似合っている気がした。――『そのプールの先生とはいい感じなんじゃないの?』ふいに依美の言葉が思い出され、紗良の心臓がきゅっと悲鳴を上げた。(違う違う、違うんだってば。そんなんじゃないんだから)そういう感情は海斗を引き取るときに捨てた。 依美が面白がるから、だから変に思い出してしまっただけで。紗良は枕に顔を埋めて気持ちを落ち着かせる。 浮かぶのは杏介の優しい笑顔。あれは目の潤いであり癒しで、紗良の推しメンだったというだけ。 そう、ファンだった男性がたまたまプール教室の先生だっただけなのだ。(本当に、ただお礼がしたいだけなんだから)自分に言い聞かせるように紗良は何度も心の中で唱え、ブックカバーの購入ボタンを押した。
最終更新日: 2024-12-21
Chapter: 無意識の優しさ-01
紗良は悩んでいた。「うーん……」仕事中だというのにときどき眉間にしわを寄せて、思いつめたように唸る。「紗良ちゃんお昼いこーって、どした?」お昼休みに突入しても自席でうんうん唸っている紗良に、同僚の依美が不思議そうに声をかける。「ねえ依美ちゃん、男の人にお礼するときって何を渡したらいいと思う?」「え、どうしたの、急に。はっ!  もしかしてついに紗良ちゃんにも春が来た?」ニヨニヨと楽し気な笑みを浮かべられ、紗良は慌てて否定する。「違う違う。そんなんじゃなくて」「えー、本当にぃ?」「ちょっとお世話になっただけで。海斗にコンビニスイーツいっぱい買ってもらっちゃったから、何かお礼した方がいいよなーって思っただけで」「ほーん」「本当だってば」「コンビニスイーツごときでお礼だなんて、紗良ちゃんって律儀なのね」「だって、貰いっぱなしじゃなんだか落ち着かないんだもん」それに、父の日の似顔絵を受け取ってもらうためにわざわざ近くのコンビニまで来てくれた。 さすがにこの事は依美には言えないけれど。 でも何かお礼をすべきだと思うのだ。「そうねえ、その人の好きな食べ物は?」「……わからない」「家族はいるの?」「独り身だって言ってたけど、実家暮らしか一人暮しかはわからない」「じゃあ年齢は?」「わからないけど、同じくらいか少し年上かなぁ」依美の問いに真面目に答えていた紗良だったが、依美の顔は質問を重ねるごとに曇っていく。「ちょっと、わからないことだらけじゃないの。どんな関係なのよ」「海斗のプール教室の先生なの」「プール教室? じゃあプロテインとか?」「いや、それはないでしょ。もう飲んでそうだし」「じゃあ、お酒?」「飲むかわかんない」「タバコ?」「吸ってるのは見たことない」依美は深いため息を落とす。「もー、やっぱりわからないことだらけじゃないの。難しいわ」「でしょ。だから困ってるのよ。依美ちゃんはいつも彼氏に何をプレゼントしてるの?」「え? うちの彼氏は甘いもの好きだからチョコさえ与えておけば機嫌がいいわよ。あとは、私自身、とか?」「……?」キョトンとした紗良の背をバシンと叩く。「もー、冗談が通じない子っ。ウブなのか真面目なのか、どっちなのよ」一呼吸おいてようやく理解した紗良は頬を赤く染めて慌てる。「え、ええっ、ごめ
最終更新日: 2024-12-20
Chapter: 父の日-09
紗良と別れた後、杏介にはひとつの疑問が残っていた。(……海斗、石原さんのこと『姉ちゃん』って言ってなかったか?)記憶を辿ってみても、やはり海斗は『紗良姉ちゃん』と言っていたように思う。お母さんとは呼ばせない主義なのだろうか?たまに子供とは友達のような関係だからと名前で呼び会う親子もいると聞く。(いや、だけどそういうのとは違う気がするけど……)四歳児の海斗は大人と対等に会話ができるが、それでもまだおぼつかない言葉もたくさんある。その場のノリとか勢いとか、はたまたその時のブームとか。それとも杏介の聞き間違いだろうか。海斗からもらった絵には、大きく口を開けて笑った顔と『おとうさん、いつもありがとう』と言葉が添えられている。(深い意味はないとは思うけど……)海斗は杏介に父親像を見ているのだろうか。確かによく懐いてくれてはいるけれど、でもそんな子は他にもたくさんいる。海斗の父親はなぜ亡くなったのだろう。紗良も早くに夫を亡くして寂しいだろう。きっとまだ若いだろうに。様々な疑問と想いを抱えながらも、『先生のことが好きなので描いた』と言われればやはり悪い気はしない。――『深く考えずに体裁だけでいいので受け取ってもらえないでしょうか』ふいに紗良の言葉がよみがえる。(そうだよな。ありがたく受け取っておこう)杏介はそれ以上考えるのをやめ、画用紙を助手席にそっと置いて車を発進させた。
最終更新日: 2024-12-19
Chapter: 父の日-08
「じゃあまたプールで。早く寝て風邪引かないようにするんだぞ」「わかったー」杏介は海斗の目線に合わせるよう屈み、ニコッと爽やかな笑みで海斗の頭をくしゃっと撫でる。海斗と杏介が笑い合うのを見て、紗良は杏介が子供たちに慕われているのがわかる気がした。海斗の生き生きした表情を引き出しているのはまぎれもなく杏介なのだ。(勇気を出して頼んでよかったな)ずっと杏介に対して申し訳ない気持ちでいたけれど、今は感謝の気持ちでいっぱいだ。「海斗、これはお土産だよ。ちゃんと夜ご飯食べてからな」「ありがとう! さらねえちゃん~おみやげもらった~」「えっ! すみません」「いえ、コンビニで適当に買っただけなので」海斗が受け取った袋を覗くと、コンビニスイーツがたくさん入っている。「うわー、美味しそう! ありがとうございます。じゃあ帰ろっか、海斗」「えー。せんせーともっとあそびたい」「もう遅くなっちゃうから。先生にもらったスイーツ食べれなくなるよ」「えー」「海斗、またプールで待ってるな」「わかったー」名残惜しさも感じながら、バイバイと手を振る。紗良はペコリとお辞儀をして車に乗り込んだ。杏介は紗良の車がコンビニを出るまで見送っていた。
最終更新日: 2024-12-19
Chapter: 父の日-07
次の火曜日、ラーメン店の隣のコンビニで待ち合わせることになった。紗良にとっては自宅の近くであり、保育園のお迎えに行ってから寄るのにちょうどいい。杏介は自宅から離れているが、職場近くということもあり行きなれている場所だ。車から降りた海斗はすぐに杏介を見つけ、満面の笑みで叫ぶ。「たきもとせんせー!」「おー、海斗! 頑張って保育園行ってきたか?」「いってきたー!」水色のスモックに黄色い帽子をかぶった海斗は自分の背中に隠しきれていない画用紙を杏介に突き出す。「はい、これ。せんせーにあげる。かいとがかいたんだよ」「うわあ、すっごく嬉しい! ありがとう!」得意気な海斗から受け取ると、画用紙の縁に『おとうさん、いつもありがとう』とサインペンでしっかりと書いてあった。 紗良が言っていたのはこのことかと、杏介は苦笑いをする。けれどやはり、杏介に渡したいという海斗の気持ちが嬉しく感じる。嬉しそうな海斗の顔を見て、紗良は心底ほっとしていた。 と同時に、やはりパパの存在が恋しいのだろうかとも思ったりする。 海斗には祖父は一人いるが、遠く離れていて会う機会もない。紗良と紗良の母に育てられる海斗。 今はいいかもしれないけれど、将来的にどうだろう。ふと、そんな考えになるときがある。でもだからといって、どうすることもできないのが現状だ。 世の中には父親がいない子どもはたくさんいよう。 いても幸せだとは限らない。 人それぞれ、事情があるのだから。海斗の身近で遊んでくれる大人の男性が杏介だけだから、それで懐いているのかもしれない。
最終更新日: 2024-12-18
Chapter: 父の日-06
「あの、僕は平日休みが多いんですが……」「すみません、私は平日仕事で海斗を保育園に迎えに行くのも十八時くらいなんです」「えっ、平日仕事をしてて、土日もラーメン店で働いているんですか?」「はい、実はそうなんです」「それは……大変ですね」紗良は曖昧に微笑む。海斗と生活する上で大変だと思うことはあっても、自分の仕事を大変だと思うことはなかった。むしろそうしなくては海斗を十分に養えないという使命感の方が大きく、とにかく日々がむしゃらだったのかもしれない。「先生さえご迷惑でなければ、平日に会ってもらってもいいですか?」「ええ、それは、全然構いませんよ」「えっと、じゃあ……」紗良はスマホのスケジュールアプリを開く。 杏介も同じくアプリを開き、日程を擦り合わせた。 チラリと見える紗良のスケジュール表には予定がびっしりと書き込まれている。 何かはわからないが、なかなかに忙しそうだ。「この日は海斗の歯医者さんがあるし……」などと呟いているから、きっと海斗絡みの予定ばかりなのだろう。短い付き合いだが、なんとなく紗良の性格は分かってきている。彼女はいつも真面目なのだ。だけど可愛らしい部分も多々あって――。「先生、火曜日の夜はいかがですか?」「大丈夫ですよ」「ありがとうございます」肯定すればすぐに嬉しそうな表情を浮かべる。 柔らかくて可愛らしい微笑みと声色。杏介はぐっと息を飲む。本当はプール教室に通う親に個人的な連絡先を教えるべきではないのだが、だけどこれも海斗のためと杏介は言い訳をして自然な感じを装い言った。「念のため連絡先を交換してもいいですか?」「あ、はい、そうですね」紗良も特に気にもせず、二人連絡先を交換する。スマホの画面に表示された名前。(滝本杏介さんって言うんだ……) (石原紗良さん、か…)お互い妙に照れくさく、でも嬉しいような気持ちになり、顔を見合わせふふっと控えめに笑った。
最終更新日: 2024-12-18
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